玄米のひみつ

高野克己 東京農業大学名誉教授・前学長

まるごと玄米のはなし

高 野 克 己

東京農業大学名誉教授・前学長

江戸時代の米の消費量は現代の3倍!?

「稲」、「米」、「ご飯」、日本人がいずれも慣れ親しんだ言葉で、「稲」は作物、「米」は子、「ご飯」は米を炊飯して食べる状態にしたものです。他の作物では植物体とその種子は同じ言葉で表現されますが、米では「稲」、「米」と別々に呼ばれています。また、われわれは「ご飯」を広く食事を表現する言葉として用いています。このような表現からも、わが国における農業、食における米の重要度が伺えます。約1万年前に稲作が伝来し、弥生時代に普及しはじめ、稲の成長は日本の気候風土に適し、米は栄養価が高く炊飯により簡便に食べられることから今のように主食となりました。
お米から石(コク、ゴク)という言葉が思い浮かびますが、米の量を示す単位で1石(コク)は150kg、人が1年間 に食べる米の量で、加賀100万石(ゴク)は100万人分の米を生産できること、このように江戸時代までは国(藩)の大きさを示すことにも使われました。今では1人当たりの年間消費量が約50kgなので、江戸時代の人は3倍の米を食べていたことになります。1石の千分の一が炊飯で馴染みの1合で150g、1回の食事で1合、1日3合、ごはん茶わんで1日約7杯のご飯を食べていました。今では約1/3の2杯強に大きく減ってしまいました。1日に必要な栄養成分量に大きな違いがないので、現代のように主菜や副菜が豊富でなかった時代では生きるために必要な栄養のほとんどを米から摂取していたことになります。わずか150gのお米のパワーに驚くばかりです。

昔から人々の健康に寄与していた玄米

江戸時代中頃までは玄米が主体、現在のような白米は武士などに限られていました。水車を動力とした精米技術の発達で都市部の庶民にも食味の優れた白米が食べられるようになりました。米の喫食が玄米から白米に変化したことにより、多発性神経炎、むくみ、心不全などの症状を示す「脚気」になる人が増え、当時は「江戸患い」と呼ばれ、都市部での白米好きが伺えます。この問題を解決したのが鈴木梅太郎博士です。1911年に玄米や米糠中に含まれている物質が脚気の発症予防に効果があることを発見しました。これをオリザニン(ビタミンB1)と命名し、脚気の原因が白米偏重の食生活によるビタミンB1不足によって発症し、玄米の摂取や米糠抽出物の投与によって治ることを明らかにしました。博士は、日本における栄養学や食品学を拓いた農芸化学者でビタミンB1の発見により日本人初のノーベル賞候補として推薦もされました。

日本食は完全食?

日本の食事

日本の食事は主食のご飯に、汁物とおかずの魚、肉などの主菜、野菜などの煮物の副菜2点の一汁三菜で構成され、炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラルのバランスが良く理想的な献立と言われています。ご飯は副菜との相性が良く、日本の食卓は中華、フランス、イタリア、スペイン、インド、タイ、ベトナム、メキシコなど多国籍なおかずで溢れています。ご飯のお陰で多様な食材が食卓に上り、それぞれの食材の栄養の過不足を補完した日本食は、完全食メニューではないでしょうか。

玄米は完全食or完全食素材?

玄米図

健康を維持するために必要な栄養をすべて含んだ食品、食事を完全食と呼びます。日本人は一生で一人が70トンの食品を食べるそうです。人の体は約40兆個の細胞の集合体で、脳神経や心臓以外の身体を構成する細胞の全てが6~7年で入れ替わると言われ、毎日の食事が身体や体調に大きく影響することは想像に難くありません。
また、主食は毎日食べることから、3千年もの間主食である米の影響は計り知れません。 日本食が完全食メニューなのではと書きましたが、誰でもが毎日この完全食メニューを食べている訳ではありません。最近では食の簡便化もあり、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」に定める必須栄養素33種を過不足なく含み、手軽に利用できる食品が完全食として販売されるようになりました。
翻ってみると、我々が親しんできた玄米は完全食あるいは完全食素材と言えるのではないでしょうか。日本をはじめ東アジア、東南アジアの人口を長く支えてきた優れ物で、発芽に必要なすべての栄養成分を含有しています。今では玄米を精米し糠層を除去した白米が米飯利用の主流ですが、糠からはこめ油、タンパク質、食物繊維、ビタミン、ミネラルをはじめ様々な化粧品・サプリメント成分が分離され活用されています。
玄米の利用は糠成分の摂取にも繋がり、栄養性に加え血糖値の上昇抑制や肝機能の改善、美肌効果などがプラスされます。今後、玄米をご飯だけではなく、米飯ペーストや玄米粉、さらに乳、卵、肉類、大豆、野菜、果実など他の食材と組み合わせて、様々なまるごと玄米の完全食を開発したら面白いかもしれませんね。